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2016年5月

2016年5月27日 (金)

びわ湖大津館-昭和初期の近代名建築

昭和9年外国人観光客誘致のために国際観光ホテル(旧琵琶湖ホテル)として建築された建物をリニューアル(平成14年)活用した大津市の文化施設。

旧琵琶湖ホテル時代には『湖国の迎賓館』として昭和天皇、皇族の方々、ヘレンケラー、ジョン・ウェイン、川端康成などの他分野の著名人が宿泊した格式あるホテル。

建物の設計は東京歌舞伎座や明治生命館などを設計した岡田建築事務所(岡田信一郎創設)
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ホテル前桟橋のミシガン(客船)
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大津館3階より
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大津館3階よりのイングリッシュガーデン
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大津館宿泊の皇族方
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著名人
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2016年5月24日 (火)

比叡山延暦寺と千日回峰行 Ⅱ 上原行照大阿闍梨と伊崎寺

5月14日(土)上原行照(うえはら ぎょうしょう)師の特別公開講座に参加した。

講座タイトル:「千日回峰行 山に溶け込むことから見えるもの」Img_9829dw
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上原大阿闍梨は、「千日回峰行の舞台となる仏が宿る山は、様々な煩悩から守ってくれる包容力を持っている」
と話され、また、9日間の断食・断水・不眠・不臥という難行の内容や、山上山下を距離にして7里半歩く意義など、わかりやすく解説されました。
人は神仏に守られているが目で見ることはできないが、風と同じで肌に感じたら存在はある。
人は仏になれる芽を持っているが煩悩が抑えている。回峰行の根本は神仏に触れることにあり、草木や石や山にそれを感じるようになる。
便利な世の中も居心地が良いかもしれないが、ちょっと不便な方が自らが動くことにつながり、本当の意味で、自己の危機を救ってくれることにつながるとも言われ感慨深いものがあった。

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回峰行で使用する草鞋、小田原提灯、杖
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千日回峰行
・一年目、二年目、三年目  百日間 山上山下七里半
   4年目から不動笠、白足袋の着用が許される
・四年目、五年目     二百日間 山上山下七里半
  九日間堂入り(明王堂) 断食、断水、不眠、不臥
*この行が終わると生身の不動明王と言われる大阿闍梨となり生き仏として拝まれるようになり自分のためではなく人々を救済しうるための行に移行する
・六年目  百日間 一五里 赤山禅院廻りが加わる
・七年目  百日間 二十一里 京都大廻りが加わる 
    残りの百日間は 山上山下七里半
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【上原行照(うえはら ぎょうしょう)師】(千日回峰行 大行満大阿闍梨)
姨倚耶山 伊崎寺 住職。
1959(昭和34)年 群馬県前橋市生まれ。
15歳で得度。
1985(昭和60)年より比叡山に23年間こもり、
1994(平成6)年には千日回峰行を満行。天正年間以降48人目の大行満大阿闍梨となる。
2008(平成20)年12月より伊崎寺住職となり、寺の復興に尽力している。

【伊崎寺】(回峰行者・天台修験の三大聖地の一つ)
比叡山無動寺を中心とする天台修験と関わりが深く、戦後は千日回峰行を満行した阿闍梨が
伊崎寺の住職を務めるようになり2008(平成20)年12月からは、上原行照大行満が住職を務めている。
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5月22日(日)
伊崎寺を訪れ、山の中1キロある参道のその帰路、比叡山から戻られた上原大阿闍梨と偶然お会いでき、特別公開講座に参加した旨を伝えると、「遠くまでお参りいただきありがとう」と言われ、非常にありがたい気持ちになった。

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2016年5月23日 (月)

比叡山延暦寺と千日回峰行 Ⅰ

比叡山延暦寺

開祖は伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう)上人
最澄は延暦7年(788年)、薬師如来を本尊とする一乗止観院(いちじょうしかんいん)(現在の総本堂・根本中堂)
を創建して比叡山を開き比叡山に篭もって修学修行に専念する12年間の教育制度を確立し、延暦寺から
日本仏教各宗各派の祖師高僧を輩出し、日本仏教の母山と仰がれている

延暦寺輩出の高僧
浄土念仏の法然上人、親鸞聖人、良忍上人、一遍上人、真盛上人、
禅では臨済宗の栄西禅師、曹洞宗の道元禅師、法華経信仰の日蓮聖人など

元亀2年(1571)織田信長によって比叡山は全山焼き討ちされたが、その後、豊臣秀吉や徳川家の外護や慈眼(じげん)大師天海大僧正により、比叡山は再興された。

平成6年(1994)
美しい自然環境の中で、一千二百年の歴史と伝統が世界に高い評価をうけ、ユネスコ世界文化遺産に登録されており
毎年8月4日に比叡山山上にて、世界宗教家の代表者が集まり、世界平和実現の為に対話と祈りを行う「世界宗教サミット-世界宗教者平和の祈りの集い-」
が開催されています。
比叡山延暦寺が、世界の平和や平安を祈る寺院として認識されていることは誇らしいことと思う。

「延暦寺」とは、比叡山の山内にある境内地(東塔エリア・西塔エリア・横川エリア)に点在する約150ほどの堂塔の総称です。
写真をクリックすると拡大します。
比叡山から琵琶湖を望む
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平和の鐘、鐘楼
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根本中堂
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文殊楼
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大黒堂
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大講堂
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戒壇院
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阿弥陀堂
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法華総持院本塔
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釈迦堂
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にない堂
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浄土院
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横川中堂
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平成28年比叡山から発信する言葉
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「常不軽(じょうふぎょう)」~常に軽んぜず~
常日頃に出逢う人々や目にする草花や木々、石ころなど「すべてが皆、仏の悟りを得られる方々である、大切な存在なのだから決して軽んじてはいけない」
 (「人や動物、植物など全ての生命は言うまでもなく、この世の全ての存在にいのちがあり、それらがすべてご縁によって繋がり合い支え合っているのだ」)

拝まずにはおれないという尊い心が現れると思います。

あなたに逢えてよかった、あなたが居てくれてよかった。
皆様との出逢いに感謝して

平成28年 丙申歳 元旦 比叡山延暦寺

比叡山千日回峰行
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上原 行照 大行満大阿闍梨
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1959年 群馬県前橋市生まれ。15歳で得度。’85年より比叡山に23年間こもり、‘94年千日回峰行を満行。
現在伊崎寺住職

公開講座2016年5月14日(土)
「千日回峰行 山に溶け込むことから見えるもの」 を受講した。 

<つづく>

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2016年5月20日 (金)

滋賀県中学校体育連盟の春季総体&野球大会

5月19日~20日の2日間五月晴れの中滋賀県皇子山運動公園において滋賀県中学校体育連盟の

春季総体が開催され,県下の中学校の陸上部が集まり日ごろ鍛えた種目を競い合った。

隣の皇子山球場では大津市中学校の軟式野球大会が開催された。

生徒たちは非常に元気よく、見ていてすがすがしく気持ちよかった。

入場ゲート
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女子1500メートル
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男子3段跳び
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女子400メートルリレー
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場外で待機する生徒
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公園テントで休憩する生徒
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野球大会準決勝
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2016年5月17日 (火)

びわ湖の鯉釣り 105cm

京都から頻繁にバイクでびわ湖に釣りに来られている田川さん。

仕掛け竿5本を湖岸に立てかけての鯉釣り。

なかなか釣れないらしく今年になって初めて釣れたと言われた。
見せてもらうと

なんと105cmの大物だがこの位の大きさではまだ魚拓には取らないとのこと。

終わったらリリースして帰られます。

本当に鯉つりが好きで湖岸でのんびりと待つ時間もたのしいそうです。

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2016年5月16日 (月)

こころ躍る 新緑 写真

新緑や  みどり重なる 長等山(ながらやま)

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五月の新緑は心が躍るはど本当に美しい。
その他の新緑の写真を掲載します(クリックで拡大します)
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2016年5月13日 (金)

見苦しいぞ、舛添、なめるな

海外出張、別荘への公用車使用などで苦々しく思っていた舛添知事が、
今日の説明会見で謝り、ひょっとしたら辞職するするかもしれないと思っていたが、説明会見を見て怒りが爆発した。

よくもまあ一般常識とかけ離れ誰でもおかしいと思うような言い訳をしたもんだと思う。
詳しくは書く気もしないが、金銭的に極めて卑しい人間性が露呈してしまった。

心ある政治家なら李下に冠を正さずで金銭処理には公私混同のない様に心を配るはずなのだが、舛添知事の場合はあえて公私を不明にしてできるだけ自分の金を使わない処理をしようとしていたとしか思えない。

政治家はなんでも秘書のせいにして逃れる日本の法の仕組みでは、法的責任を負わせるのはハードルが高いようだが政治的、道義的責任は免れない。

都知事としての職務を全うして責任を果たしていきたいとはしらじらしいが都民は嫌気がさしていると思う。

このような金銭的に卑しく、倫理観の欠如した人物に東京都の将来を託すわけにはいかない。
即刻辞任すべきである。

今後の都議会の動きを注視したいし、なんといっても週刊文春の第3弾の糾弾を期待したい。

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2016年5月 3日 (火)

5月3日、憲法の日を考える。

5月3日は憲法記念日である。1947年(昭和22年)5月3日に施行され70年になる。

日本国憲法はアメリカGHQが作ったものを押し付けられたものだが、昭和22年5月3日に施行されて以来一度も改正されていない。
それゆえ
・日本人自らが自主憲法を作るべき
・時代の変化に対応できていない、
・自衛隊の位置づけがあいまいで軍隊ではないというには無理があり、国際的評価はすでに軍隊として認識されており違憲状態といえる。
等の意見で改正論が強まっている。
しかし改正反対意見も根強く
・憲法9条のおかげで平和憲法として国際的にも評価が高い。
・戦争には絶対反対で、改正すると歯止めがなくなる。
・アメリカとともに戦争するようになる

私の意見としては
この平和憲法の下に戦後の復興と目覚しい日本の発展があったが、戦後70年も経過し中国の南沙諸島での
ごり押し、北朝鮮の核問題、アメリカの弱体化等々、世界情勢が全く変化しているため、現状にあった、また将来の日本のあり方にあわせた見直しをしてもよいのではないか。
自主憲法といえるものに改正すべきと思う。

しかしこの安倍政権下でというとそのまま改憲とは言えないジレンマがある。
機密保護法の成立、マスメディアへの圧力、さらに昨年の集団的自衛権の強行採決などを見ていると
安倍総理の焦りと独善さからその方向性に疑問があり、今改憲すると誤った選択をしかねない恐れを感じる。

それでも、アメリカ大統領選でトランプ氏を支持するアメリカ人の増加などを考えると、このまま日米安保条約の下で平和を目指していくのか、好む、好まざるに関わらず将来的にアメリカから離れて自主独立路線をあゆんでいくのか考えなくてはならなくなる時がくる。

憲法改正は避けては通れない道である。

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