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2016年5月24日 (火)

比叡山延暦寺と千日回峰行 Ⅱ 上原行照大阿闍梨と伊崎寺

5月14日(土)上原行照(うえはら ぎょうしょう)師の特別公開講座に参加した。

講座タイトル:「千日回峰行 山に溶け込むことから見えるもの」Img_9829dw
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上原大阿闍梨は、「千日回峰行の舞台となる仏が宿る山は、様々な煩悩から守ってくれる包容力を持っている」
と話され、また、9日間の断食・断水・不眠・不臥という難行の内容や、山上山下を距離にして7里半歩く意義など、わかりやすく解説されました。
人は神仏に守られているが目で見ることはできないが、風と同じで肌に感じたら存在はある。
人は仏になれる芽を持っているが煩悩が抑えている。回峰行の根本は神仏に触れることにあり、草木や石や山にそれを感じるようになる。
便利な世の中も居心地が良いかもしれないが、ちょっと不便な方が自らが動くことにつながり、本当の意味で、自己の危機を救ってくれることにつながるとも言われ感慨深いものがあった。

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回峰行で使用する草鞋、小田原提灯、杖
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千日回峰行
・一年目、二年目、三年目  百日間 山上山下七里半
   4年目から不動笠、白足袋の着用が許される
・四年目、五年目     二百日間 山上山下七里半
  九日間堂入り(明王堂) 断食、断水、不眠、不臥
*この行が終わると生身の不動明王と言われる大阿闍梨となり生き仏として拝まれるようになり自分のためではなく人々を救済しうるための行に移行する
・六年目  百日間 一五里 赤山禅院廻りが加わる
・七年目  百日間 二十一里 京都大廻りが加わる 
    残りの百日間は 山上山下七里半
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【上原行照(うえはら ぎょうしょう)師】(千日回峰行 大行満大阿闍梨)
姨倚耶山 伊崎寺 住職。
1959(昭和34)年 群馬県前橋市生まれ。
15歳で得度。
1985(昭和60)年より比叡山に23年間こもり、
1994(平成6)年には千日回峰行を満行。天正年間以降48人目の大行満大阿闍梨となる。
2008(平成20)年12月より伊崎寺住職となり、寺の復興に尽力している。

【伊崎寺】(回峰行者・天台修験の三大聖地の一つ)
比叡山無動寺を中心とする天台修験と関わりが深く、戦後は千日回峰行を満行した阿闍梨が
伊崎寺の住職を務めるようになり2008(平成20)年12月からは、上原行照大行満が住職を務めている。
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5月22日(日)
伊崎寺を訪れ、山の中1キロある参道のその帰路、比叡山から戻られた上原大阿闍梨と偶然お会いでき、特別公開講座に参加した旨を伝えると、「遠くまでお参りいただきありがとう」と言われ、非常にありがたい気持ちになった。

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