« 第50回成道会(じょうどうえ)仏教徒記念大会 滋賀県大津市 | トップページ | 般若心経の意味をしりたい 《保存版》 »

2017年12月 9日 (土)

大相撲の危機と白鵬

日馬富士の暴行事件で、連日いやというほど推測による勝手な報道が続いているが今大相撲の将来に危機を感じる。
本質を考えなくてはいけない。

国技としての大相撲は公益財団法人として保護されてきた。
公益財団法人ということは、すなわち単なるスポーツ興行ではなく、古来より伝わる日本固有のスポーツである
相撲の伝統と文化を後世に伝え、守り、普及させるといった文化振興事業ということだ。
400年に及ぶ相撲の歴史と伝統が一旦破壊されると元には戻せない。

大相撲を巡る不祥事は以前より
力士暴行死事件、大麻事件、野球賭博事件など度重なり起こしていたが性懲りもなくまたかと思わせる。
八角理事長率いる相撲協会がいつまでも改革されることなく閉鎖性、排他性が一般常識と角界の常識の違いを際立たせている。
今回の暴行事件は協会、特に八角理事長の指導力のなさが浮き彫りになり適切な対処がなされていない。

白鵬に遠慮するあまり協会はもはやモンゴル勢をコントロールできていない。重い歴史と伝統を再認識し毅然と組織として対処、指導しなくては大相撲は崩壊の道を進む。

もはや白鵬は横綱として品格の欠ける張差し、エルボー、ダメ押しなど目を覆う相撲内容、更には行事にクレーム、勝手に万歳など協会の指導を軽視し続けている。

誤解無いように言うがこれまでは白鵬は強く、立派な成績も残し日本の大相撲に大きな貢献をしてきた事は
間違いなく立派な大横綱だった。

しかし品格は強ければよいという価値観を強く持ち、勘違いをするようになり協会が弱腰なのをいいことに
勝手な振る舞いをしている。
世論も事実が漏れ出るたびに白鵬への不信感を強めている。

今回の事件を事実のみから考察すれば、
白鵬は何かの意思が働かない限り、貴ノ岩が大けがをするまでに間違いなく止める事はできた。なぜ止めなかったのか、
また事件を親方、協会に報告しなかった。事実をすべて話していない。全ての膿を出すとは一体何だったのか?

モンゴル会は八百長とか集団リンチ的な要素も見え隠れして、大相撲にとって異質で良い作用をしているとは思えない。
一方
貴乃花も協会の理事でありながらかたくなに協会にたてつく印象は極めて良くない、もっと賢い対応法はあると思うが不器用さが目立つ。

次の理事会で貴乃花の降格が取り沙汰されているようだがやむを得ないかもしれない、しかし事件がなかったら
協会にたてつくこともなかっただろうし志も大相撲の将来を考えての行動が伺える。

もし貴乃花に処分が下される場合、同時に白鵬にも国民の納得のいく処罰があってよい。
何しろ白鵬は協会を無視し大相撲を愛する国民を欺いている。モンゴル会の悪癖を質す機会でもある。

そして忘れてはならないのは、協会は被害者の貴ノ岩に配慮すべきである。
二場所連続で休場すると幕下に落ちる決まりはあまりにもむごい。休場になったきっかけはあくまでも暴行の被害を受け本人の責任ではない、
救済措置を考えるべきである。

更に懸念すべきは白鵬が理事長になる流れがあるという。もちろん白鵬を否定し何が何でも反対するわけではないが
日本の相撲道、品格を理解しないまま反省のないまま理事長になり、モンゴル色を強く出してくると間違いなく大相撲は日本のものでなくなりその本質が失われるだろう。

八角理事長は将来を考える最も大きな責任を背負っているのである。

|

« 第50回成道会(じょうどうえ)仏教徒記念大会 滋賀県大津市 | トップページ | 般若心経の意味をしりたい 《保存版》 »

スポーツ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65425/66139083

この記事へのトラックバック一覧です: 大相撲の危機と白鵬:

« 第50回成道会(じょうどうえ)仏教徒記念大会 滋賀県大津市 | トップページ | 般若心経の意味をしりたい 《保存版》 »